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おかげさま
古民家カフェ おかげさま 加古川市八幡町野村字三家556-2 tel:079-438-3024

2017もご愛顧頂きありがとうございました!

2017年の業務も、年内は12/29まで
とし
お正月飾りも、ぼちぼち準備を始めています。



年始は、1/4から、開店予定です。


私の周りでは、中学お受験、高校・大学お受験などの子どもたちや、その子たちを持つ父兄も地域に多くて

文武両道に、頑張っている子どもたちや
塾代に身の回りのお世話にと、奔放し働く父兄たちの頑張りにも頭が下がります。

お正月気分も、あってないような心境も
わからなくもない。

私の年末年始も、今年はそんな心境に近いものもあって

年末年始は、空いた時間で、課題の宿題を終わらせてゆくために、時間との勝負でもあるかな。

2018年も、乗っけから
学習会の連打の予定です。


大地に例えると、過去からの基盤の元
そこにあるべき生命が
この2018年で、ぐぐっと地下茎を太くし、根の先を伸ばし、土壌深く張り巡らせ、どっしりと安定感を増すように
地域の「生命力の源」が、太く大きく実ってゆくように。

ある種、2018年は、成長の「感動」の年回りになるかな。

2018年のビジョンも見えているので(地道)
それに備え

大晦日、お正月は
しばし、みんなと、1年お疲れ様でした、そして明けましておめでとうございます。を、充分に楽しもうと思います☆

準備はOKです。



今年も1年、このおかげブログにも、お付き合い下さった方々には
つたない文章に、申し訳ないくらいの気持ちで、いっばいですが
画面の向こうにいて見ていてくれるだけで、励みとなり、頑張ってこれた事にも、感謝です。

いつまで続くか、自分でもわからないこの地味なおかげと地域の記録集(ブログ)ですが
今後も、学習を積んで行く過程で、アウトプットしてゆく内容は

具体的に、現実的に。(努力目標)

来る年も、引き続き
心の広い方々には、見守って頂きながら、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします(笑)

今年も1年、ありがとうございました。
みなさまの来る年のご多幸を、祈念しています。





今年は
「公害の原点」とも呼ばれる水俣病が公式にその存在を確認されてから、61年目でした。

この問題を、深く考えておられる水俣の漁師さんの詩を、今年の最後に、私自身に刻みました。

「いのちは のちのいのちへ のちのちのいのちへと かけられた願いの はたらきに 生かさるる」



よいお年を

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暮れのご挨拶

1年の締めくくりは~
きっちり、『暮れのご挨拶』

年末に、しっかり1年を〆る事で、来る年を、すっきり迎えてゆけるよう、暮れのご挨拶は、毎年心がけている事です。



今年は・・・
気分的にも喪中のため

年末のクリスマス飾りも出す気になれず(毎年控えめですが)
1年おつかれさまの忘年会も、ぱーっという感じでは無く

今年もお世話になった方々や、気にかけてくださった方、また旧友では、幼馴染たちや、中学時代のバレー部の同級生など
さまざまに

地味に、おかげに集まり(笑)
1年の感謝と労いの会が、もたらされています。
年の瀬まで、Continueです

明日は、送別会もあります。

年内は
火曜日はOFFですが
29(金)までは、営業予定。

🔴12/21(木)だけ、お昼から学習会のため
おかげを、締めて出かけますね。


さて
本日のOFFは〜
ここで待ち合わせ



御津☆新舞子浜
観光協会のすぐ隣


今年も1年通して、学ばせて頂いた新舞子浜へ、有志たちと、集まりました。

先日は
有志で、ビーチクリーンをしてくれた際にも、参加してくださったり、お世話になったカフェペリペリさん







新舞子浜へお越しの際は、ぜひ御立ち寄りくださいね。


長居させて頂いたあとは
浜からすぐの、西念寺
青木先生宅へ、暮れのご挨拶に訪れました。


今年も1年通して、たくさん学ばせて頂いた青木先生
寒暖差と冷え込みがキツイこの時期、高齢と心臓に持病を持つ先生は、体調も優れない数日が続いているようでしたが

お互い顔を合わせてしまうと、話しが尽きません。
聞いておかなければならない事や、今年の実施についてのまとめや課題、来年の展望など、キリが無いですが
宿題は持ち帰り、今年、共に播磨灘で実施したまとめも、ここでシェアしたいですが、長くなるので、改めて。

また来年
元気に年を越し、すっきりと動き始められるように

先生の、良い年越しを願って、おいとましました。


本来の「干潟」の絶大な役割④〜はりま編〜

今年は、「播磨灘を守る会」代表の青木先生の計らいで、鹿児島大学佐藤先生をお迎えし、学習させて頂いた、全国、世界の「干潟」の現状でした。


一度壊した浜(干潟)を、復元してゆくことの難しさは

人間の身体に例えると
身体の一部が、滞り(分断し)大病を引き起こしたり、または壊死した状態であること

行く末は、命を落とす。のと同じように

自然も長いスパンで
本来の流れを、人間の都合で、分断したり、壊してしまう事は、私たち、そして次世代の命や安全に関わる問題でもあります。

佐藤先生いわく
『人間が一歩下がること』こそが、大切な食料庫である、海の自然を壊すことなく、長期的に、子孫の安全を守る事ができる真の「防災」では、ないだろうか。と。


一連の山から海への生命線を
私たちの暮らしのためとは言え、引き換えに
堰や播磨灘沿岸の埋め立てを、決めた時から
きっと、その課題が、あったのでしょう。

諫早湾や英虞湾のみならず、全国、世界の干潟に足を運び、ご縁を紡ぎ、学習を積んでこられた青木先生も、86歳。

環境復元を、この播磨でも。と
ご尽力頂いてきたこの課題を

他県を見習い、地域の課題として
共に考え、協働してゆくことが、次世代のために大切な事だと思います。

私たちの身近な所にある

加古川の河口







そして、新舞子浜











朝日、夕日が、綺麗と言われている
新舞子浜が

これからも、美しい浜であることが

私たち、ふるさとの人々の誇れるひとつに、加えられると、干潟の生き物たちも、報われるのかもしれません。

私たちは、たくさんのたくさんの生き物の命を、人間のエゴで、軽視し、犠牲にしてきてしまいましたね。

さあ
これから、どうするか。
それが、大事な事と私は思います。






本来の「干潟」の絶大な役割③~英虞湾編~

《一方で、三重県の真珠の養殖で有名な英虞湾では・・・》

以下、ジャパンフォーサスティナビリティ(JFS)(枝廣淳子)転写



江戸時代以降、湾・奥部の水田干拓により, 約70%以上の干潟が英虞湾から、姿を消したのです。
しかし、今となってみれば、干拓して田んぼにした場所も、その85%以上が使われず、休耕田や荒れ地になっています。

周辺域からの生活排水の流入や真珠養殖からの汚れの影響に加えて、干潟が減少していることから、干潟の持っていた海水浄化力や生き物を支える力が失われて赤潮や貧酸素が頻発し、特産品である真珠のアコヤガイをはじめ、二枚貝に被害が出る状況が続くなど、海域の汚染が大きな問題となってきました。

そこで、干潟の干拓地が使われなくなっているのなら、もう一度干潟に戻そう!!、それによって英虞湾をもう一度きれいな海に戻そう!!という取り組みが進められています。

この取り組みを進めているのは、三重県水産研究所です。

2006年から3年間、以前干潟だった場所に海の水を出し入れするという研究をおこなったところ、アサリなどの多くの生き物が戻ってきました。

この研究をもとにさらに一歩進め、干潟と海の間に堤防を造って干潟を仕切って水を干し、雨水や陸からの流水がたまってどぶ池のようになっていた場所で、いよいよ干潟再生の取り組みを始めました。

この場所は、堤防で海と仕切られていたため、陸地の栄養が海に流れ出ずに、堤防の内側の池側は過栄養状態である一方、外側の海のほうは貧栄養状態で、どちらも生き物の種類も個体数も少なく、荒れた状態でした。

この堤防は、伊勢湾台風やチリ地震などの時代に、当時は耕作していた農地を塩害から守るために県や国が防災としてコンクリート製の堤防を築いたものです。

この場所は、「一般海域」ということで所有者がいませんでした。そこで、関係者と話し合った結果、この場所でまず取り組みを始めることにしました。

英虞湾自然再生協議会が立ち上がり、漁業関係者、観光業者、自治体などで話し合いを進めています。

この堤防は、昭和35年ごろに造られたので、50年間、海水の行き来がなく、50年分の陸地からの有機物がたまっていた状態でした。

海水によって、50年分たまっていた有機物が少しずつ分解され、再生が進んでいくとの期待を背に、2010年の4月、堤防のフラップを開けて、海水が出入りできるようにしました。


Copyright 三重県水産研究所

海の水を導入する前は、極めて状態の悪い淡水の池で、ユスリカのような生き物しかいませんでした。

生物の種類を数えたところ6種類だったそうです。しかし、海水を導入して3カ月後の6月に調査をしたところ、生き物の種類は14種類に増えていました。たった3カ月でも、干潟は再生し始めているのです。

干潟はどのように再生していくのでしょうか? まず"日和見種"といわれるゴカイや小さな貝など、ライフサイクルの短いものがどっと増えます。そののち1、2年たつと、それらを餌とする食物連鎖の上位の生物が現われます。これらの生物は寿命も長く、大型のものです。そして3年ぐらいすると安定して、元の干潟のような状況になると考えられています。


Copyright 三重県水産研究所

干潟再生に取り組んでいるこの場所は、広さ約2ヘクタール。ここにたまっている水の7~8割が毎日入れ替わるくらいの交換率で、海水を導入しています。堤防の中央にある約1.8×2メートルのフラップを上げただけで、2ヘクタールの隅々まで海水が行き渡るというのは驚きです。次回の調査では生き物の種類はどのくらいに増えているでしょうか? この干潟の再生がとても楽しみです。

英虞湾には、この場所のようにかつて干拓され、現在は使われなくなった"元干潟"が500ヶ所、合計185ヘクタールもあるといいます。三重県農水商工部では、このすべてを調査し、所有者、面積、利用状況などをデータベース化しました。このデータベースを用いて、今後干潟に戻す取り組みを進められそうな所を特定することができます。

干潟再生を進める上での課題は何でしょうか? 

いちばんのハードルは所有者の理解を得ることだそうです。今回再生に取り組んでいる場所は、たまたま所有者のいない土地でしたが、ほとんどの"元干潟"の土地は、個人や企業が所有しています。その土地の再生が可能であること、そしてそれが自分にとってメリットがあることを、どのようにわかってもらえるか――その理解を得ることがこれからの大きな課題です。

また、地元の志摩市はこの取り組みを推進していますが、今後は堤防管理者である三重県や堤防などの管理を三重県に委託している国(農水省)などとの連係や協働も大事になってくるでしょう。この干潟と海の間の堤防に立って周りを見回すと、海と山と田んぼの広がる素敵な景色なのですが、堤防で仕切られた海側は国交省が管轄し、この場所自体は国立公園であるため環境省が、そして堤防自体は農業事業の一環として農水省が管轄するといった具合に、縦割り行政の壁が立ちはだかっています。

現在この場所では、地元の人々の理解と関与を求めて、月1回ほど観察会を行ったり、海藻をみんなで植えたりなどの活動を地元の人々や学校と続けています。この場所にアサリをまき、そのうち潮干狩りをしたいという計画もあるそうです。


日本には、人工干潟を造るという取り組みはありますが、元干潟だった所を干潟に戻すという取り組みはあまりありません。

数値モデルによるシミュレーション計算によると、現在の84ヘクタールの干潟に加えて、元干潟だった部分をすべて再生し、干潟の面積を266ヘクタールに増やせば、有機物の除去能力は年16トンから年126トンへと大きく増え、赤潮の発生や貧酸素化を大きく抑制することができます。

県水産研究所や行政、市民やNGOの取り組みに加えて、企業のCSR活動、真珠に対する環境ラベルの設定等を通じて消費者の意識も高め、干潟を再生することできれいな英虞湾を取り戻すことが、下降の一途をたどっている三重県の特産品である真珠の生産・販売量の回復にもつながる取り組みに広がっていくことを強く期待し、英虞湾の干潟再生の成果と他の場所への広がりを見守っていきたいと思います。



ジャパンフォーサスティナビリティ(JFS)(枝廣淳子)




本来の「干潟」の絶大な役割②~諫早湾編~

【今から、20年前(1997年)のお話しです】

有明海の諫早湾では
国の干拓事業による、湾・奥部の締め切り(潮止め)が、完了し

そこに存在していた広大な軟泥干潟が、失われたそうです。。。



潮止めは、有明海の豊かな漁業の基礎を支えてきた干潟生態系の機能が、大規模に破壊されたことを、意味します。

・・・

諫早湾干拓事業の事業主は、「国」です。

でも、問題がすり替わって
「漁業被害に苦しんでいる漁業者」と「干拓地に入植した農業者」の表面的な利害対立が、両者を苦しめ、強いては、干潟を殺してしまいました。

漁業者から、潮止めの「開門」を求めての裁判を、国に対して起こし

一旦、5年の「開門」が確定していましたが。

営農者の反対を受け、国(農水省)の「何としてでも、開門調査はさせたくない。」という暴走ののち

「開門」は、差し止められてしまいます。。

「国(農水省)」と営農者にとっては
農業が出来る好条件を、求め過ぎてしまうのか

陸からの栄養の一連でもあり、それを分断しないための
潮止めをしない。という
言わば、淡水と海水が混ざる「汽水域」の重要性を、理解していません。

最も大事で理解しないといけないのは、「環境復元」
(元の生態系の循環を軽んじない事であり)
それを、主軸に、どうするかを共に考えて、対立を、協調にかえてゆく道を、探してゆかなければなりませんね。


そんな対立のある干潟でも

干潟が好き♡な人々が、残ってくれていることが、救いでもありますね。





ムツかけ(ムツゴロウを獲るための漁法)





竹羽瀬漁



干潟大好きっ子は、こんな事も楽しんでいますね。
ガタリンピック(笑)


がたスキー(九州の有明海などで、ムツゴロウやワラスボなどの漁に使う道具)を使って♪


やっぱ、やりたい(笑)

本来の「干潟」の絶大な役割①~原点編~

可愛い
泥大好きっ子のムツゴロウ君╰(*´︶`*)╯♡


でも〜
このムツゴロウ君の悲劇も、涙なしでは語りつくせませ〜ん。

そして、ムツゴロウ君だけじゃない☆
泥大好きっ子たち♪♪
私もやりた〜い(笑)

子どもたちも、喜びそうだしね。
天然のクレイだし(笑)

☆☆☆

ムツゴロウ君の悲劇を、語り継いで行く前に・・・


【原点】を理解してゆく事のほうが、まずは大事かと思って
鹿児島大学、佐藤先生の説明を、まとめてみます。

・・・


日本には、半閉鎖的な内湾がたくさんあります。




内湾の河口(汽水域)では
山から流れてきた、栄養と共に、小石が削られ砂や泥が堆積して、遠浅の「干潟」が発達します。

潮の干満に従って干出と水没を繰り返し
陸との境には、ヨシなどの塩生植物が生育しています。




干潟は、海の中で、最も生物生産力が高い場所の一つで、本来は、河川や地下水を通して、陸から豊富な栄養塩が供給されることと

干潮時には、水の外に露出するため
ソーラーパネルのように、太陽エネルギーを、たくさん吸収し、干潟表面には、単細胞の微細藻類(主に珪藻)や、アマモなどの海草が活発な光合成を行なって増殖します。

これを、底生動物に食べられ
底生動物は、干潟の外からやって来る魚や鳥などの捕食者に食べられ、食物連鎖

一部の窒素は、砂泥中の細菌の働き(脱窒)によって気体になり、大気中に放出されます。

干潟の生態系は
陸から海に流入する栄養物質の多くを吸収・除去する天然のフィルターとしての働き(水質浄化作用)によって

内湾の富栄養化(赤潮や海底の貧酸素化)を抑制しています。

それと同時に、その栄養を有効に再利用し、漁業資源を含む豊富な生物を生み出しています。

日本人は、その干潟から、計り知れない大きな恩恵を受けてきました。
全国各地の貝塚は、干潟の魚介類が私たちの先祖にとっての、主要な食料であったことを示しています。

しかし、今、その干潟の恩恵が、すっかり忘れられています。
干潟の多くが、大規模に破壊され、多くの干潟生物が、絶滅の危機に瀕しています。。。






愛しき〜感謝の日々〜

今年も残すわずかな日々を

1年無事に、辛うじて健康で、共に迎えられた
感謝の気持ちを込めて~

さまざまな方々へ、感謝と、慰労、忘年、豊年の会が予定中

その準備も楽しい日々




まずは第一弾

雨の日も雪の日も
毎週土曜日の夕方からは、誰彼ともなくやってきて、始まるギター倶楽部も
今年も残すところ、あと数回

今年は、還暦のお祝いも兼ねたので
少々、めでたいチックに




ひと足早く、忘年会も終えました。

そんなふうに
グループもあれば、個人、2、3人、ご家族共々などなど
ほんとに、さまざま方々と、感謝と慰労の年末の毎日を送れる事も、毎年恒例で
もっぱら
「終わりよければ全てよし」が、座右の銘のひとつでもあった私ですが(笑)

今年の年末は、ひと味違う。
それが、当たり前の事じゃなくて
それを迎えられる事は、ありがたいことなんだ


「無常」を今年痛感した私は
おひとりおひとり、今、存在してくれている事に、ほっと感謝して
共に今年も味わえる美酒も、格別な年末なんだろうと思います。

この後も、週2回か3回くらいは、年末まで
大なり小なり、感謝と慰労会は、今年も続きます。

その合間に、時間の許す限り~
今年、学習した事も、アウトプットしてゆきますね。







夕日に染まる里山を見るのも
今年は格別
里山も生きてるっていう実感
感謝とアクションのスタートポイントに、スイッチが、程よく抜けたチカラで、入りまくっている今年の年末です(笑)

そして、私の周りの方々は、みなさんそれぞれに、秩序の元、奥行きの優しさと(これが、また気付いたときには、くぅーっと心の深い所に来るんです)

持ち前の力量で、私に出来ない事もやってくださって、いつもそこからの学びと尊敬と感謝の念で、お付き合いしてゆける
地元の絆が在るってことが、人と人の関係では、しあわせな事☆
私には、それが普通じゃ無いの?ってゆうくらい普通を味あわせてもらってる私ですが
なかなか、そうもゆかないご時世らしく
時代に甘んじて、自分主義(勝手な解釈)が蔓延しているのでしょうね。
真和に基づくと、歪も、自然と調和してゆくと思うのですが〜



ここは、現生の浄土ですか?(笑)
いやいや、死ぬまで、整えてゆかないといけませんね〜足元のふるさとですから。

今年ココロで学んだ大きな収穫

今年は、みなさんどんな年でしたか

今年を振り返えり・・・
私にとっては、タイミングなのか
今までにない
私の人生において、とくに重要な2つの事が、すーっと心に落ち、学ばせて頂いた年だったように思います。

ひとつは、昇天を見送る。という出来事から
膨大な学びがあったこと

ひとつは、これまでの絆の深さから、産まれてゆく未来への希望

でした。

ひとつめ

大事な友や、目指す方向が一緒で、頑張っておられた地域の先輩方など

一人二人ではなく、数名の身近な方々の旅だちが多い年でもありました。

幸いと言えば
急な別れでは無く、どなたも、大病を患っている期間が大なり小なりあったために
この数年は、それぞれに交流のある方々と、共に会いにいったり、集まったり
寄り添って、いろんな話しもできた事です。


生きて欲しい。。。と願い続けた気持ちが
当時から、自分のエゴのようにもなり兼ね無いという思いと

お迎えが刻々と迫ってゆく一日一日に、ご本人のお気持ちを察しながら
私も、毎日向き合う気持ちの持って行き用を

今年は、いくつも経験させて頂きました。

心の奥の深いところにまで、染み込んでゆく混乱に、どう対峙するのか
そのすべを、自分で見つけてゆかなければならない時間

私だけじゃなく、私よりも心を揺さぶられ痛めている周りの支えにも、持ちつ持たれつしながらの

この経験は
きっとこれからの人生に、大きく効いてくる
特別な経験になったと思います。


この経験を1年通して体験させて頂きながら

生活・生業・地域活動の両立も
同時並行の1年でした。




ふたつめ
そんな年だからか
見える・見えないところで、さまざまな方々の気遣いや、黙って寄り添ってくれていたり
あえて、何も言わずに見守っていてくれたり

そんな周りの気持ちに、答えてゆこうと
思っていたこと
思いながら、自分の心の整理を、時に任せながらも、急いだこと

自然に、秋には間に合い
これまで積み上げてきた延長にある今年の秋の、たくさんの行事ごとを、実施していく中で、たくさんの方々のご尽力やサポートがあったこと

下準備に
与えられたいくつもの議題についての議論、討論も、下地あっての事ですが、チームとしての真の指針を見出してゆく作業は、誰も手は抜きません。
なぜなら、我々が世の中に、実施してゆくというモノというのは、個人ひとりで見つけ、味わう夢や目的とは違い
少なからずとも、世の中に、影響を与えてしまうといった重責を軽んじていないため

チーム互いに信頼の元、真剣な議論で
緻密に、組み立て実施に真摯に向かうものでした。

そのプロセスの中で、育まれていった絆は
何事にも変えがたいものであり
これから迎えてゆく未来への実施にも、希望が持てる今年の積み上げとなりました。

地域外のどなたかに

今年、ステージがあがったね。とか
運命論みたいな事を最近、言われましたけど

見通すかのような
先に言われる運命論とかに、全く信ぴょう性を感じない私は(笑)


ステージあがった?
上等じゃね⤴︎
ありがとうございます。

ですが
前代未聞のバカ者の私ですから
私は私の信じる道しか、歩みませんし
信じた道を歩み、地獄に落ちても、私は本望でありますから

とか、内心いつも思って、私は、生きています(笑)

付け足し
み胸に抱かれて〜(笑)


good luck





さあ、振り返りもし

「大雪」も迎えて
つぎは、「冬至」

明日からも、ちょこちょこ学習もありますが

今年残す所、あとわずかな日々を
今年もお世話になった方々と、共に締めくくりをしてゆく毎日になりそうです。
今年の感謝を込めて
お鍋の季節
お手製で、毎日ふるまってゆこうと思います。

感謝


なぜなら、大事なモノがここにあるから。

師走(締めくくりの月)だけあって
なんとなくせわしなさを
日に日にと感じますね~
でも、1年の締めくくりですから、そうゆう時こそ、おひとりおひとりに時間をとって、話しに耳を傾ける私です。


今日は、こんな話しをしてみますね。

よく農耕民族と狩猟民族の話しって、ありますよね。

人類もどうやって産まれ
どこから来て、この国ができたのかとか。。

最近、いぶきやエイトの社会の教科書を、見ることも多く(テストの山張りとか、やらされています・笑)

教科書で習う歴史も面白いのですが。

生き物として、人類という種は、一番最後に地球に、登場している新参者ですね。

陸の山や里のほうでは、狩猟・木ノ実採集
海のほうでは、貝類や魚を採集し
生きていた歴史も残っていて。

稲作が始まると農耕民族が村を作り始めたり




ざっくり、そんな歴史のもと
今、私は、ここに居る(ざっくりすぎる)

そして、私は、今居るここが好きで好きでたまりません(笑)
一般的に
何もこれと言ったモノも無い地域だけど(笑)

家族や、幼馴染や、友人や知人が暮らしていて、暮らしの場としては、温暖で災害も少ない暮らしやすいはりまの地域に、なぜか?なぜ?

居心地の良さと、離れられな~い、根を下ろしてしまうマジックに、かかっています。

なぜかわかりません(笑)

でも、心から言えることは
大好きなんです(笑)
歳のせいですか?

私も、18歳から長いこと、家を離れ東京で、好きな事をしながら、暮らしていましたが

いつなんどき帰っても、今でも変わらぬふるさとや実家や友だちが、あったこと。

私にとって、潜在的に、大事なものが
ここにあると知っているからか

きっと
次世代のエイトやいぶきも、私のように、広い世界に一度は出るのかも知れませんが

私が味わったように
いつなんどき帰っても、いつまでも変わらぬふるさとの原風景を、遺してあげれるように

今、世界国内、どこの土地も環境破壊や家庭内不和は、おこっています。
過去から現在も振りまかれている害やゴミもあふれる時代に
その清算も、私たちがしなくてはなりませんが

未来、ひとりひとりの暮らし方の中で
人に産まれた以上、ほかの生き物に出来ない叡智を持って、暮らさせて頂いているふるさとの、山から川を下り海へ注ぐ栄養やつながりを、せめて邪魔せず、行き届かせる暮らし方を。


根ざして暮らして居る人は、毎日居る頻度が高いのですから
ひとりひとりのおこないが、ダイレクトにインパクトを与えます。
そこを整えるということは、『雨垂れ石を穿つ』ということなのでしょう。

そのためには、雨垂れが大切になってきますね。

大好きな、そして大切な、私たちの日々の暮らしの場である、ふるさとですから。

ひとりひとりの、良質な雨垂れを〜


シンプルライフ

12月入りましたね~
1年の締めくくりの月です。

そんな月にふさわしいご来店に
毎日、1年無事に迎えられた事を、共に労います。

風が冷たくなり
木々の紅葉も日に日に



市街から奥まった調整区域にあるおかげと、街に、用事が無いと、好んであまり出かけない私は
世の中に取り残されそうな(笑)気にもなりますが

風にあたり時節を読んで、それに備えるシンプルな過ごし方が、結構しっくりあっているので、個人的には、心豊かにゆったりと過ごしています。

冬眠に入ってゆく畑では
目を引き、緑を保っているのがオリーブ



キャベツも巻いてるし


植物の特性も、ひとつひとつ観察していると面白すぎます(笑)


庭の木々の落ち葉を、きれいに集め
畑に持って来てくれるのも、毎年恒例で
それを、冬の間に、畑に均等にまくのが、私の仕事



畑に、冬の陽が射し、落ち葉についた湿気で菌の発生が、畑の土壌の食物連鎖を助けてくれます。

自然の循環システムは、人の成す事の領域をはるかに超えて、よく出来ています。

自然の森のような畑を~

目の前の森をお手本にしながら☆

11月で一旦落ち着いた私は
課題図書と、今年の復習本を何冊か
目を通している12月

いやはや
つながってゆきますね、全てが


世の中が複雑になり過ぎて

人間、井の中の蛙、人間界だけで見れば、進化しているように思いきや
生き物としては、実は退化しているようにも、捉えられます。

視野を広げ、世の中を網羅してゆく先で
実は、シンプルの中に
人々の生き方も、あるように感じます。

そこを掘って、またシェアしたいと思います。